労働基準監督署に相談に行った次の日の22日。
 オーナーが記述した「今後の罰金について」の書き込みに対する、労働法に基づいた誤りを指摘する書類を提示した。
 その答えは、24日土曜日にできあがってきた翌週のシフト表に、週4日出勤の契約のはずがしーなだけ2日だけになっているという形で返ってきた。

 とっても判りやすい人だよね。


 嫌がらせの意図は見え見えだったけれど、一応抗議してみたら、「午前中の発注が終わったら話そう」ということになった。
 結果として、その日の勤務が終わってからしーなは、オーナーと奥さんが待ちかまえる事務所に軟禁状態になったんだ。

 話は、会話の要点のメモをとろうとしたら、
「どういう目的でメモをしてるんだか判らないけれど」と奥さんが不快感を示したところから始まった。
 どうやら竹中さんはストレートに、「しーなさんから聞いた」と、一連の件にこちらがが動いていたことも二人に話したようで、特に奥さんの方がご立腹の様子。
 奥さんがあまりにも感情に任せていろいろと並べ立てたので、そのまま書き連ねると話がごちゃごちゃしてしまうのだけど、要点としては、


『缶飲料の異常な計算方法での罰金の通告は“脅し”のつもりだった。でもみんな本気にしないで、ミスを名乗り出ないから、たった一度、12月分から800円だけ引いたら、この騒ぎだ』
『嫌だと思ったのなら、どうして仲間のみんなに、正直に申し出るように訴えなかったの』
『違算だって、自分たちからは絶対払いに来ないでしょう。だから引いていたんじゃない』
『だいたい、仲間のミスをカバーするのが嫌だなんて一緒に働く仲間の意識として、おかしい』



 そっかー、12月に一度だけなんですね。その前に奥さんが他の人に、「罰金を引いている」と認めたことも、先日オーナーが、「罰金として400円引いていた」と言っていたのも、なかったことになってるんだ。
 どうしてあなた方の誤った監督方法の尻ぬぐいを、しーなたちがしなきゃいけないのでしょう?
 今までは知らなかったから仕方がないともいえるけど、はっきりと罰金の強制的な徴収は違法だと判った後も、続けようとするのはどういうことなんですか?
 そもそも、あなたたちが違法に設定した罰金を素直に支払うことが、仲間のミスをカバーするということになるという考え自体がおかしくありませんか?
 それに、仲間仲間と従業員全体をひとくくりにしようとするけれど、勤務している時間帯が違えば仕事に対する意識の差も出てくるし、コミュニケーションを取るのだって難しいのです。
 連帯責任にすればあなた方は楽かも知れないけれど、顔を見たこともない従業員相手の指導責任まで、従業員に押しつけるような真似はやめてくださいね。


 しーなは奥さんの感情的な理屈に、努めて冷静に、理論的に答えたつもりだ。
 そうしたら、奥さんは言ったのだ。

『あなた、あの人と同じだ。「ああいえば●●」さんだ』



 奥さんは更に言う。

『そんな難しいことを言われても判りませんよ。どうせ私たち、あなたと違って頭が悪いですからね』
『悪いことしてるのは判ってますよ。裁判にでもなんでも持ち込めばいいでしょう。負けるのは判ってますよ。労働者は守られてますからね』
『本部にまで行って一人で引っかき回して! 労働基準局や本部に行くエネルギーがあるなら、予約の一つでもとる努力をすればいいじゃないですか!』

 ・・・もういいよ、奥さん。
 感情に訴えて同情を買ってでも、自分たちの行為を正当化したいのだろうけど。
 そんなことされればされるほど、こっちの気持ちは醒めていくよ。

 少なくとも、奥さんの方は、まともだと思ってた。
 経営者としての立場があるから、オーナーのおかしな言い分も我慢していたのだと思ってたよ。
 でも、結局。
 お金に関する責任について正論を説いていたあなたも。
 口先だけの人だったんですね。

 自分たちの「窮状」を必死で訴えても、あまりしーなが同情的な反応を見せなかったせいか、奥さんが切り札のようにこう言ったのが、今でも強く印象に残ってる。

『オーナーが缶を自分でへこませていても判らないだろうと言うけれど、オーナーはへこんだビールしか飲んだことないんですよ!』
経営者なんだから、仕方がないとでも思ってるんでしょう?』


 奥さん、それはただの甘えだよ。
 みんなが、オーナーの理屈の矛盾や感情的なお説教も、ある程度我慢してるのは、「従業員だから仕方がない」って思ってるからなんだもの。
 自分たちは、従業員に重いノルマを押しつけ、ロス分の金額は異常な計算方法で負担させようとし、反論すると「従業員だから」「連帯責任だから」「ルールだから」と従わせようとしてるよね?
 それなのに、自分たちの都合の悪い点を指摘されると、『経営者だから仕方ないとでも思ってるんでしょう?』だなんて、こっちを悪者扱い。
 従業員には責任を果たせと言うその口で、経営者は経営の責任から逃げ、経営の難しさ・苦しさを、まるで免罪符のように振りかざしてる。


 あなたたちは、方向を間違えたんだよ。
 自分たちにとって安易な方向に流され、正しい手段で利益を伸ばすことにではなく、異常な「規則」の作成に情熱を傾けた。その結果。

 従業員の信頼すら、自分たちで食い潰してしまったんだ。



『そんな風に思うなんて、信頼関係がなくなってるって事だし、そういう人にこのまま働いていてもらう気になれなくなっても、当然でしょう?』
 なんの通達もなくシフトを週二日に減らした理由を、奥さんはそう正当化した。
『これからも働いてくれる気があるのなら、二月の恵方巻きの予約を、ノルマ分の20件とってきてもらいましょうか。それくらいのエネルギー、あるでしょう』
 奥さんがバックアップしてくれるので、とっても強気なオーナー。

 ああ、これだけのことをしておいて、自分たちはまだ『信頼されるに値する』人間だとでも思ってたんだ。

 驚いたというか、あまりの無神経さに感心したくらいだった。
 そしてこの期に及んでも、予約だノルマだという話でオチをつけようとするオーナー。
 最後の最後で決定的に底を見せてくれて、いっそすがすがしいくらい。







 それでもこの日。
 二人から喰らった毒があまりにもきつくて、多賀部さんに報告もできなかった。
 起動させたパソコンの前にぼんやりと座って、一人で、泣いてた。
 悔しくは、なかった。
 ああいう人たちに真っ正面から向き合って、結果、いろんなことが無駄になったのが、ただ、哀しかった。
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